体調を崩したり、長く付き合う病気を抱えたりすると、「病気じゃなかった頃に戻れたら」と考える時があります。
もっと働けたかもしれない。
好きな場所へ自由に行けたかもしれない。
人間関係も違っていたかもしれない。
できなくなったものが増えるほど、病気にならなかった人生が理想的に見えてしまうものです。
しかし、実際にはその人生を経験していません。
病気にならなかった自分にも、仕事、人間関係、お金、家族など、別の悩みがあった可能性があります。
選べなかった人生ばかりをきれいに想像するより、現在の自分が少しでもラクに過ごせる方法を探す方が、現実の生活を変えやすくなります。
「もし病気じゃなかったら」は答えの出ない問い
病気になる前の自分と現在を比べてしまうのは自然です。
以前できていた仕事が難しくなる。
予定を自由に入れられなくなる。
周囲と同じペースで動けなくなる。
そんな時には、「病気さえなければ」と思いたくなります。
ただ、病気にならなかった人生が実際にどうなっていたのかは誰にもわかりません。
仕事で無理を続けていたかもしれない。
別の人間関係に悩んでいたかもしれない。
まったく違う失敗をしていたかもしれません。
想像上の自分と現在を比較すると、想像上の自分だけが有利になってしまいます。
人は選ばなかった人生を良く想像しやすい
「あの会社を辞めなければ」
「あの人と別れなければ」
「あの時違う道を選んでいたら」
人生では、選ばなかった道を考える場面があります。
しかし、選ばなかった道には現実の苦労が見えません。
頭の中では、自分にとって都合の良い部分だけを想像できます。
その結果、現在の生活だけが失敗した人生のように感じられる場合があります。
「別の人生なら絶対に幸せだった」と断定せず、「実際にはわからない」と考えるだけでも、過去への執着を少し弱められます。
病気を受け入れるとは好きになる意味ではない
病気を受け入れると聞くと、「病気になって良かったと思わなければならない」と感じる人もいるでしょう。
しかし、無理に前向きな意味を付ける必要はありません。
つらい日はつらい。
嫌なものは嫌。
できれば病気になりたくなかった。
そう感じたままでも構いません。
大切なのは、存在している現実を毎日否定し続けない姿勢です。
病気を好きになるのではなく、「今はこの条件の中で生活している」と認識するだけでも十分でしょう。
できなくなったものだけを見ると毎日は苦しくなる
体調に制限があると、人は失ったものへ目を向けやすくなります。
以前ほど働けない。
夜遅くまで遊べない。
長時間の外出が難しい。
予定を詰め込めない。
確かに、以前と同じ生活ができないのはつらいでしょう。
一方で、「まだできるもの」まで一緒に消えたわけではありません。
好きな音楽を聴く。
好きな食べ物を楽しむ。
短時間だけ散歩する。
面白い動画を見る。
気の合う人と話す。
大きな楽しみだけを基準にしなければ、現在の生活にも残っているものが見えてきます。
小さな楽しみを軽く見ない
人生を楽しむと聞くと、旅行、イベント、大きな買い物などを想像する人もいるでしょう。
しかし、毎日の気分を支えているのは、もっと小さな出来事だったりします。
朝のコーヒーがおいしかった。
好きな曲を久しぶりに聴いた。
友人との会話で笑った。
外へ出たら天気が良かった。
一つひとつは大した出来事ではありません。
それでも、こうした時間があるだけで一日の印象は変わります。
大きな幸せを待ち続けるより、小さく気分が上がるものを見つける方が、日常では実践しやすいでしょう。
病気と人生について別の見方を知る
病気を抱えると、「健康だった人生ならもっと幸せだった」と考えてしまう時があります。
しかし、経験していない人生が本当に幸せだったかはわかりません。
今の条件の中でも楽しめるものを探すという考え方を詳しく読みたい方は、病気じゃなかった人生が幸せだったとは限らないという考え方を確認してみて下さい。
失ったものだけでなく、今も残っている楽しみへ目を向けるきっかけになります。
他人と同じ楽しみ方をする必要はない
周囲を見ると、仕事、旅行、恋愛、趣味などを活発に楽しんでいる人が目に入ります。
SNSでは特に、元気に活動している瞬間だけが目立ちます。
その姿と自分を比べると、「自分は何もできていない」と感じるかもしれません。
しかし、楽しみ方は人によって違います。
外出すると元気になる人もいれば、自宅で静かに過ごす方が落ち着く人もいます。
大人数で過ごすのが好きな人もいれば、一人の時間が必要な人もいるでしょう。
他人の充実した生活を再現するのではなく、自分が心地良いと感じる時間を見つける方が大切です。
調子の良い日に予定を詰め込みすぎない
体調が良い日は、「今日は何でもできそう」と感じる場合があります。
その時に予定を大量に入れると、後から疲れが出てしまうかもしれません。
楽しめる日に全部取り戻そうとするより、余裕を残した予定を考える方が長く続けやすくなります。
一日で大きく楽しむより、小さな楽しみを何日にも分ける考え方もあります。
自分のペースを守るのは、諦めではありません。
明日以降の生活まで含めて、自分に合った過ごし方を選ぶ判断です。
「今日は何が少し良かったか」を探してみる
毎日を前向きに考えようとしても、何も良い出来事がなかったと思う日はあります。
そんな時は、大きな出来事を探す必要はありません。
ご飯がおいしかった。
思ったよりよく眠れた。
面白い投稿を見つけた。
嫌な予定が無事に終わった。
この程度でも十分です。
「今日は何が少しマシだったか」と考えるだけでも、悪かった部分だけで一日を評価しにくくなります。
毎日必ず見つけなければならないルールにする必要もありません。
余裕がある日に少し振り返る程度でよいでしょう。
つらい日に無理に前向きにならなくてもいい
病気との付き合い方を考える際、いつでも前向きでいようとすると、それ自体が負担になります。
今日は何もしたくない。
病気の現実が嫌になった。
以前の生活に戻りたい。
そう感じる日があっても不思議ではありません。
無理に楽しい部分を探さず、休む日があってもよいでしょう。
大切なのは、つらい一日を「これからずっと同じ」と決めつけない姿勢です。
今日が重くても、別の日には少し違う感じ方になる可能性があります。
人生全体を病気だけで評価しない
病気は生活へ大きな影響を与える場合があります。
しかし、自分という人間のすべてが病気になるわけではありません。
好きなもの。
得意なもの。
面白いと感じる感覚。
大切にしたい人。
これから試したいもの。
病気とは別の部分も自分の中には残っています。
「病気になった人生」とだけ考えるより、「病気も含まれている自分の人生」と考える方が、見える範囲は広くなるでしょう。
病気を人生の中心へ置きすぎず、現在の自分が好きだと思えるものも大切にして下さい。
まとめ
「病気じゃなかったらもっと幸せだった」と考える時があっても不思議ではありません。
できなくなったものが増えれば、健康だった人生を理想的に想像したくなります。
しかし、実際に選ばなかった人生が幸せだったかは誰にもわかりません。
別の仕事や人間関係で悩んでいた可能性もあります。
だからこそ、答えの出ない人生と比較し続けるより、現在の自分が楽しめるものを探す方が現実的です。
大きな楽しみでなくても構いません。
おいしい食事、好きな音楽、誰かとの会話、少し笑えた出来事など、自分の生活に残っているものへ目を向けてみて下さい。
病気がある人生だからといって、楽しい時間までなくなるとは限りません。
今の自分に合ったペースで、少し心が軽くなる時間を積み重ねていく考え方もあります。